• 「小田俊理先生はSF作家？」・・・
  いえいえ、正真正銘の物理学者で、「10年後、社会はどう変わるべきか、人間はどう変わるべきか」を考え、推進していく国家プロジェクトの研究リーダーです。
  コンピューターの進化によって、いろいろな国の人や世代間の意思疎通を図ったり、自他共の心をセンサーで把握し、互いの不快感を和らげたりしようとしておられます。
  また、いずれは自国語で疑問を感じただけで問題解決方法が分かったり、調べたい言葉を思い浮かべただけでコンピューターが答えてくれたりするようになさりたいそうです。
  おまけにそのコンピューターは今のスマホよりずっと小さく、身に付けているのを忘れるほどで、
  しかも、エネルギー源はその人の血流とか、体温と大気の温度差のようなごくわずかのものですみ、充電の手間もかからないのだそうです。
  国会図書館の全情報が角砂糖１つの大きさに入ってしまうというところまではまだしも、
  自分の記憶や経験がコンピューターの中に蓄えられ、思い出したいときにいつでも即座に思いだせるようになるということは、
  人間が生物的身体を越え、コンピューターと一体化するということではないでしょうか。
  近未来の科学にわくわく、どきどきの講演会でした。
• 
  

★　聴講ノート

目次
【１】　人が変わる。社会が変わる。新しい未来を創りたい。
　１．　東工大量子ナノエレクトロニクス研究センター
　２．　東工大センター・オブ・イノベーション（COI)
　３．　東工大『以心電心』ハピネス共創社会構築拠点
　４．『以心電心』コミュニケーションサービス　
【２】 ナノテクノロジーが拓く未来のコンピューター
　１．ナノテクノロジーでできること
　２．ナノ構造の作り方
　３．コンピューターの歴史
　４．量子コンピューターの可能性
　まとめ
　質疑応答

【１】　人が変わる。社会が変わる。新しい未来を創りたい。

１．　東工大量子ナノエレクトロニクス研究センター

• 東工大にある、ナノエレクトロニクスの世界的な中核的開発研究拠点（注：ナノテクノロジーやナノエレクトロニクスについては、【２】で説明します）
• 21世紀になって、今までの物理学の考え方には原理的にも技術的にも限界が見えはじめた。それを打破するために必要なのはナノテクノロジーであり、その研究機関として、2004年に設立された
• 設立当初より、文部科学省のナノテクノロジーを推進するプログラムの中核機関の一つに選定され、現在に至っている
• 現在、文部科学省の次のプロジェクトの拠点として、活動している
  • ナノテクノロジープラットフォーム事業
  • 東工大センター・オブ・イノベーション（COI）プログラム

（１）　ナノテクノロジープラットフォーム事業

• 文部科学省が始めたナノテクノロジー研究推進、及び、産官学連携や異分野融合を推進するための事業
• 全国の大学等が所有し、他の機関では整備が困難な最先端のナノテクノロジー研究設備を活用
• 最先端の装置やその利用技術を有しない研究者や企業でも、高度な技術支援を受けつつ微細加工等に研究設備を利用、または委託することができる

（２）　センター・オブ・イノベーション（COI)プログラム

• 文部科学省が2013年から始めた斬新な技術開発を目指す試み。（我が国が、今後国際的な競争の中で生き残り、経済再生を果たしていくためには、革新的な技術開発を連続的に生み出していくことが必要という危機感、及び認識に基づく）
• 企業だけでは実現できない革新的な技術開発を分野も組織も越え、産学連携で実現する
• 基礎研究を行って、それをどう使うか考えるのではなく、「10年後、どのように社会が変わるべきか、人が変わるべきか」というビジョン主導型で、チャレンジングで、ハイリスクな研究を行うことに特徴がある
• 研究成果を社会に実装していくことが強く求められる
• 東工大量子ナノエレクトロニクス研究センターから提案された構想が、文部科学省により採択され、東工大COI活動拠点が発足した。

• #「ビジョン」とは：　今後の社会が抱える問題を掘り起し直視することによって見えてくる、将来のあるべき日本の社会の姿、暮らしのあり方。
• では、日本社会において、将来的にどのような問題が予想され、どのような解決策が模索されるべきなのでしょうか。東工大量子ナノエレクトロニクス研究センターはどのような革新的技術開発をもって、この解決にあたろうとしているのでしょうか。続きを聞きましょう！

• 文部科学省センター・オブ・イノベーションプログラム(COI)が示す10年後のビジョン
  • �@　少子高齢化先進国としての持続性の確保
  • �A　豊かな生活環境の構築・・・繁栄し、尊敬される国へ
  • �B　活気ある持続可能な社会の構築

２．　東工大センター・オブ・イノベーション（COI)

（１）　東工大センター・オブ・イノベーション（COI）のビジョン

• 文部科学省のセンター・オブ・イノベーションプログラムが示す10年後のビジョンの�A
  　　　「豊かな生活環境の構築・・・繁栄し、尊敬される国へ」

　　　　↓

• 皆が多様な絆で結ばれ、共感の輪が広がる社会：　ハピネス共創社会
• 世代・文化・言語の違いを越えて感情を伝え、真意を伝えるコミュニケーション（スマートコミュニケーション）

（２）　ビジョン実現を阻む要因となる社会の現状＝今後の社会が抱える問題

• 人間関係の希薄化や、人の孤立化が深刻になり、心と心が繋がる機会が減少
• 少子高齢化により、労働人口が減少し、低成長時代へ
• グローバル化（競争激化） の中で、外国人労働者受入れ体制が不十分　

（３）　現代のコミュニケーションの問題とその解決策

　問題

• 情報のみのコミュニケーションでは状況・文化・心と情が伝わらない
  ・・・SNS(LINEやフェースブック等のソーシャルネットワーキングサービス）では真意が伝わらない

• #SNSやメールでは心の行き違いが起こることがよくあります。それで、慌てて電話を掛けたり、直接会いに行ったりしたした経験はありませんか？
• SNSは語数が限られることがありますし、メールで言葉を尽くしても、心が伝わらないことが多々あります。言葉の選び方や使い方にもしばしば互いにギャップを感じます。
• そんな時、何よりも必要なのはお互いの基本的な信頼関係だと気付かされますが、その信頼関係もまた、広い意味でのコミュニケーションによって、もたらされます。やはり、皆が多様な絆で結ばれるにはコミュニケーションが鍵のようです。

　解決策

• 心と情を伝えることでコミュニケーションの質を抜本的に変える
  • 情報量の拡大：　帯域・速度・ネットの拡大で可能。例えば、映画１本をダウンロードするのに数分かかるのを1秒でできるようにする等
  • 心と情を伝達：　感情を知って気持ち・真意を伝えることで、コミュニケーションの質を抜本的に変える

• #「豊かな生活環境の構築・・・繁栄し、尊敬される国へ」向けての技術革新として、「情報量の拡大」と「心と情の伝達」と言われると、飛躍していてちょっとびっくりしますが、要するに、「情報通信技術の革新で、コミュニケーションギャップの解消や、コミュニケーションの質の向上を図り、心と心が繋がりやすくする」ということでしょう。
• 日本の近い将来の豊かな生活環境は「コミュニケーション」に掛っているということなのでしょうか。もう少し、続きを聞いてみましょう！

３．　東工大『以心電心』ハピネス共創社会構築拠点　　　　　　

　　　ICT（情報通信技術、ITとも言う）を使って、皆がハッピーになれる社会をつくりたい

（１）　ハピネス共創社会とは

• #「ハピネス」とはハッピーの名詞形です。「ハピネス共創社会」とは「各人背景が異なっても、みんなで一緒にハッピーになれるように創っていく社会」という意味になります。そのための鍵になるのはコミュニケーションだということです。
  
  これからは、高齢化が進みます。外国人の受け入れも進むでしょう。外国人であれば、文化や言葉や生活習慣も異なるでしょうし、世代が違えば、やはり、コミュニケーションギャップが生まれるでしょう。そうした違いから来る心の行き違いをICT(情報通信技術）で解消しようとしています。
  
  そのために提供するのが「『以心電心』コミュニケーションサービス」です。
  
  量子物理学的には、心や意識というものは掌の汗とか、眼の動きなどに現れる生体現象なのだそうです。心は身体の奥深くとか、関係性の中に実存すると思うのが普通だと思うのですが、心は現象だと言えてしまうところがさすがクールな量子物理学です。（注：量子については【2】で説明）
  
  国が違ったり世代が違ったりすることによる言葉のすれ違いで生じる困惑、相手の名前や特徴を忘れたり、単語を忘れたりといったチョットした物忘れをした際に生じる困惑、また、自分がその時・その場で知りたいと思った情報も、生体現象等として感知し、察知して、コンピューターが知らせたり、どうしたらよいかを教えてくれるというのがこの「『以心電心』コミュニケーションサービス」です。
  
  このサービスに使う端末の電源は体温と気温の温度差などだけで済むほど超省エネになっていくので、充電の必要がありません。
  また、2020年の東京オリンピックで世界中から来日する観光客のおもてなしにこの研究開発結果を活用するそうです。
  この後、いよいよ講演の核心、「『以心電心』コミュニケーションサービス」の話が始まります。革新的ですよ！
  

（２）　プロジェクト体制
リーダーは企業または企業出身者という決まりで、研究成果は社会実装される。

プロジェクトリーダー　KDDI研究所　秋葉さん
研究リーダー　東工大　小田教授
メンバー　　東工大の40研究室、１６の民間企業・地方自治体
（KDDI研究所、NTT、SONY、富士ゼロックス、リコー、ラピスセミコンダクタ、凸版印刷、ぐるなび、KDDI総研、野村総研、病院、東京都大田区、諏訪産業集積研究センターなど）


４．『以心電心』コミュニケーションサービス

（１）　課題を解決するための研究テーマ・・・どのようなICT（情報通信技術）の向上がハピネス共創社会をもたらすために必要か

• 心と情をつなぐコミュニケーション
  • ハピネスセンサーで個人の生体・行動の情報を取得し、空気を読む
  • 経験データベースを用いたＡＩ（人工知能）分析で感覚や記憶・認知機能の不足を自動的に分析し、行間を読む
  • 例えば、人の名前を忘れたという一種のアンハッピーな状態を察知して、情報を伝える。情報だけでなく、感情・志向も伝わる円滑なコミュニケーションを実現する

• 円滑な多文化・多言語コミュニケーション
  • 文化・習慣を考慮したコミュニケーション・・・（例）アラブの人の習慣・食生活
  • 多言語間で真意を伝える対話・・・会話によって相手がアンハッピーにならないようにする。

• 社会の中で、新たな価値の創発を促す
  • 対話相手の名前、過去の交遊録、趣味、思考などの情報を自動的に入手
  • 新たなアイディアの創出、創造的な時空間の設計、ワークスタイルの自由な選択を実現する

• #いよいよ、わくわく、どきどきの研究テーマが並びました。「（３）『以心電心』コミュニケーションがもたらす社会像」に示される　コミュニケーションの質的向上のために「心と情をつなぐコミュニケーション」、外国人や世代間のコミュニケーションギャップの解消のためにはさらに「円滑な多文化・多言語コミュニケーション」、そして、ワークライフバランスの向上や労働力の減少への対応には「新たな価値の創発」が必要だということですね。

（２）　『以心電心』コミュニケーションサービスの目標

　≪翻訳機能はどうあるべきか：　コミュニケーションの質的向上をいかに果たすか≫

• 直訳ではなく空気と行間を読み、直接的な情報だけでなく、真意と感情を伝える
• 進化するサービス・・・体験情報をコンピューターが学習・蓄積・共有し、日々深化させることにより、意訳の精度を向上させる
• 文化・習慣を考慮したコミュニケーション、多言語間で真意を伝える対話

　　　「これは大変難しい研究だが、チャレンジしたい」

　≪新たな価値の創発はどうすれば果たせるか≫

• 相乗効果をもたらす出会いの機会を誘発するイノベーティブ（革新的）な時空間の創出
• かゆい所に手が届くコンシェルジェ（総合世話係）
  • 記憶の不足を、対話相手の名前、過去の交遊録、趣味、嗜好等を自動的に分析することで補い、円滑なコミュニケーションを実現する
  • サイバー秘書、仮想的相棒の実現をする
  • あいまい検索技術・・・今もGoogleなどで検索して情報が手に入るが、うまく検索しないと本当に欲しい情報は手に入らない、自分で検索しなくても良いし、言わなくても察してくれるサービスを目指す。　本当にできるか難しい問題だが、挑戦する。

• #とうとうＳＦ小説の世界に入ってきました。『以心電心』の翻訳機はＳＦ作家　星新一の「肩の上の秘書」（1971年）のオウム型ロボットによく似ています。この小説は日本人の本音と建て前に関する偽善性をえぐり出しています。
• コミュニケーションの円滑化を図るこの量子物理学的心の研究が進むと、障がい者の生活をより豊かにしたり、高齢者介護の軽減、精神医学への応用、哲学的思惟への影響等々、もっともっと広範で深い活用が待っていそうに感じました。
• 「人間関係の希薄化や、人の孤立化が深刻になり、心と心が繋がる機会が減少」することへのより根本的対策や、「忘れること」の効用も含め、どうやら、「新たな価値の創発」についての考察は研究途上にあるように見えます。

（３）　『以心電心』コミュニケーションサービスがもたらす社会像（ハピネス共創社会構築拠点の目指す社会像の具体的目標）

• 老若男女が社会活動に参加
  • 互いのコミュニケーションの質が向上し、だれとでも円滑な社会活動ができ、社会に貢献できるようになる

• 外国人の活用、日本人のグローバルな活躍促進（含ブーメラン効果）
  • 多言語・多文化間でのコミュニケーションの質が向上し、職種の選択肢が広がり、人材流動性や適材適所が進む

• ワークライフバランスの向上
  • ワークライフバランスが向上することにより、仕事の機会損失を防ぎ、仕事の効率を向上させる
  • 遠距離の通勤をなくし、自宅や家の近くで働く
    • →子どものいる女性や介護などで仕事ができない状況、夜遅くまで仕事をして家庭に帰れないという状況が解消でき、家庭生活にも十分時間が割ける
    • それにより、労働力・活力を向上させることができる

• 日本の労働力の減少を止め、増加に転じる
  • 皆が多様な絆で結ばれて、お互いに支え合い、力を合わせて、労働力（活力）を向上させることで、住みやすく幸福で豊かな社会が構築される

• 社会的効果の概念：　『以心電心』コミュニケーションサービスにより、個々人の負担を増やすことなく労働力を回復、増大させる
  • 現状よりさらなる、非労働者（女性、高齢者など）の活用、外国人の活用、さらにワークライフバランス向上、男性の子育て参加、これらにより出生率の増加が期待できる。

• # 住みやすく幸福で豊かな社会が構築されるためには、老若男女が力を合わせ働いて社会を支える必要があるようです。一方、一人一人の社会構成員の眼から見ると、多様な価値観が尊重される社会がよさそうです。「新たな価値の創発」の研究のさらなる進展に期待します。

（４）　『以心電心』コミュニケーションサービスのための技術開発

• 真意と感情を伝えるためのハピネスセンサー、通信手段などを取り組んだゼロパワーウェアラブル端末が必要になる
  • ゼロパワーウェアラブル端末・・・通信に必要な電力を極めて小さくする一方、太陽電池や電波をエネルギーとして利用することで、充電を不要にする
• オリンピックに向けた外国人来訪者のおもてなしに供する技術・・・母国語で思っただけで訪問先、レストラン、お土産情報、道案内、開催場所などの競技情報サービスを行う
• 新感覚と経験による共創をもたらす技術・・・若者は高齢者の経験、知恵を、高齢者は記憶力の低下を補い、一緒に効率的に働く

≪言葉の説明≫：　より分かり易い説明は最後にある　質疑応答１をご覧ください。

• ハピネスセンサー（＝探知する）：　３Ｄ自撮映像等により、表情、目の動き、皮膚状態、汗の状態を探知したり、脳波を測定するセンサーなど
• ハピネスアクチュエーター（＝解決する）：　感覚・運動フィードバック　：パルス、快適な音楽の発生、情報を骨伝導スピーカーやディスプレイで伝える
• ゼロパワー（＝充電不要）：　in putとしては電波からエネルギーを吸収し、電源に変える「RFエネルギーハーベスタ―」　また、out putとしては超省エネの作動をする「ＴＨz通信技術」

（オリンピックをめざし、国のプロジェクトとして多言語（20か国程）の直訳が進んでいる。現在、英語、中国語、韓国語の同時通訳がほぼ完成している）

≪キーとなる多文化・経験データベース、あいまい検索に必要な技術≫

• 経験データ取得技術
• データベース構築技術
• あいまい検索技術
• 記憶支援情報提示技術

• # オリンピックに向けて、多言語翻訳システム（直訳）が出来上ろうとしているとのことですが、入手はさほど困難でないくらいの値段になるそうです。
• 2020年までに、母国語で思っただけで、欲しい情報が手に入るようにはならないでしょうか。あいまい検索、つまり、必要な時にコンピューターが先回りして、必要な情報を教えてくれるような技術はいつ出来上るのでしょうか。
• 充電がいらないコンピューターは本当にできるのでしょうか。研究進捗が、楽しみでわくわくします。

東工大のいろいろな研究室の技術を結集して実現していきたい。

• 近距離通信のための携帯サーバー（ＴＨｚ（テラヘルツ）通信技術）
• 個人のクラウド等と通信し、膨大な個人データを取得するということを瞬時に、エネルギーのかからない方法で行う技術

いろいろな世代、いろいろな地域の方々がつながっている、感じ合う、分かり合うことで、ハピネス共創社会を創る
　　
　　
【２】　ナノテクノロジーが拓く未来のコンピューター

• # 「ナノテクノロジー」と聞いただけで、頭が痛くなるという方のために　
  • 　1ナノメートルは1メートルの10億分の１の長さです。甲子園球場のバッターボックスから打った真っ直ぐな打球がやっとホームランになった場合の飛距離を1ミリメートルとすると、1ナノメートルはごく小さな砂粒１つの大きさにすぎません。こんな小さな大きさの半導体等を作る技術が「ナノエレクトロニクス」で、ナノの単位の技術を総称して「ナノテクノロジー」と言います。
  • 　現在、私達の生活には大小様々なコンピューターが溶け込み、家電製品をはじめ、いろいろな場面で使われています。コンピューターの無い暮らしや社会は最早考えられません。
  • 　コンピューターはつまるところ自動計算機のことで、様々な計算をしますが、算盤に例えると、「珠」に当たる部分を「半導体」と呼び、その進化がコンピューターの進化を担っています。また、「半導体」が担うこの自動計算機の基本的仕組みはいたって単純です。しかし、この自動計算機は単なる計算をするだけでなく、電源が切れてもその結果を消さずに記憶として残せる機能を持つことによって、複雑な文書なども計算結果の形にして記憶することができます。これによって、銀行口座を管理したり、メールを送ったりすることもできるわけです。
  • 　「半導体」は主にシリコンを材料につくられています。シリコンとはケイ素のことで、岩石や土壌の主成分として地球上で酸素に次いで多く存在するものですから、安価です。
  • 　私達は「自分達の脳はとても複雑な仕組みによって働いている」と感じがちですが、実は、私達の脳の基本的な仕組みもやはりごく単純な反応で成り立っています。近年、「半導体」のナノエレクトロニクスによる進化に伴いコンピューターの進化が急速に進んでいます。単に「半導体」の小型化によって、計算速度や記憶容量が上がるばかりでなく、脳のような複雑さを合わせ持ち、見方によっては脳を凌駕しつつあります。
  • 　今、インターネットが世界を結び、世界中の出来事が即座にニュースに流れます。また、カード類を使い、スマホを使い、ATM自動支払機を使う等、コンピューターの進化によって、便利で快適な高度に情報化された社会に私達は生きています。
  • 　ナノエレクトロニクスは現在の高度情報社会を支える基盤技術であり、コンピューターの高性能化、高機能化、さらには低消費電力化を実現することによって、驚くほどの速さで、私達の暮らしも社会も、エネルギー問題も、国際情勢も、あるいは人間そのものすらも変えようとしています。
  • 　『以心電心』コミュニケーション技術を支えるのはこのナノテクノロジーです。

１．　ナノテクノロジーでできること

1ナノメートル（nm)は1メートルの10億分の1の長さ。原子の中で一番小さい水素原子の大きさが0.1nmで、0.1nmは100ピコメートル。100ピコより小さいものは物質でもなんでもなくなる。
ナノテクノロジーで扱うのは１nmから100nmくらいの大きさ。これは原子数個から数百個の大きさの世界。

• # 「量子」について：　原子をさらに分解していくと、電子・中性子・陽子などになります。また、原子より小さい物としては2002年に小柴昌俊博士がノーベル物理学賞をとって有名になったニュートリノなどの素粒子もあります。こうした小さな物を「量子」と言います。
• 原子より大きい物質についてなら、私達は自然にその存在やあり方をある程度理解できるのですが、「量子」は物質と波の性質を同時に持ち、常識からは推し量れないような振る舞いをします。
• ナノテクノロジーはこうした「量子」を扱うことによって成り立つ技術です。
• # なぜ今、ナノテクノロジーか：　現在、ナノのレベルで物質を操作するナノテクノロジーの研究は世界的に非常に重要視されています。例えば、半導体等エレクトロニクスの部品についてであれば、小さいほど、高性能で、高機能で、消費電力も少なく、将来性があるからです。

2000年にアメリカのクリントン大統領はカリフォルニア工科大学で演説し、このナノテクノロジーの開発を国家戦略として位置づけ
日本でもアメリカより少し遅れて、多額の国家予算が投入され、ナノテクノロジー関連の研究は格段に促進された


量子物理学の礎を築いたアメリカの物理学者ファイマンは1959年にカリフォルニア工科大学で、次のように述べた

• 「There's plenty of room at the bottom」（まだまだやれることはたくさんある）
• 「コンピューターやトランジスターはどこまで小さくなるのか度々聞かれてきたが、原子1個にすることに何の物理的障害もない」

こういう言葉に物理学者は勇気づけられて研究を続けて来た


ナノテクノロジーでできること

• 鉄より10倍強くて、軽い材料を開発して、乗り物に使用し、燃費の向上を図る
• 国会図書館の全情報を角砂糖大のメモリに収容
• ガン細胞を数個程度の段階で検出し、そこを狙い撃ちして遺伝子や薬物を送り込む
• 太陽電池のエネルギー効率を2倍にする

２．　ナノ構造の作り方

（１）　トップダウン法（大きな構造の物を小さくしていく）

• リソグラフィー技術（光を用いて微細な形を　印刷するように転写することで、より小さな半導体等の3次元ナノ構造を作る技術）
• この電子ビーム露光による三次元ナノ構造構築支援サービスを東工大量子ナノエレクトロニクス研究センターで行っている。

（２）　ボトムアップ法（小さな原子一個一個を積み上げていく）

• ＳＴＭ（走査型電子顕微鏡）という技術
  • この技術は1986年ノーベル物理学賞を受賞（ＩＢＭチューリッヒ研究所のビーニッヒ、ローラー）
  • 非常に細い針の先端を物質に近づけ、接触することなく電流を流し、そのトンネル効果によって原子1個を取り出すことに成功（固体でのトンネル効果の実証で1973年江崎玲於奈博士がノーベル賞受賞）
  • ナノテクノロジーはこのＳＴＭ（走査顕微鏡）技術によって更なる飛躍
  • • 世界最小の文字はニッケル板の上にこのＳＴＭで並べたキセノン原子で書かれた物
      • 写真提供ＩＢＭ
  • • 世界最小の漢字は銅板の上にＳＴＭで並べた鉄原子で書かれた「原子」の文字
    • 高い倍率で極微小な物の表面全体を観察することができる

３．　コンピューターの歴史

（１）コンピューターの歴史はダウンサイジング（小型化）の歴史

• 1946年　　　世界最初のコンピューターＥＮＩＡＣ　ペンシルバニア大学で17,678本の真空管使用
• 　　　　　　　倉庫1個分のスペース
• 1964年　　　初めての汎用コンピューター　IBM SYSTEM/360 トランジスターを使い信頼性向上
• 　　　　　　　この頃から、銀行やデータセンターにコンピューターが使われるようになってきた
• 　　　　　　　部屋1つ分のスペース
• 1970年代　冷蔵庫の大きさ
• 1980年代　机の上に乗るパソコン
• 1990年代　膝の上に乗るノート型パソコン
• 2000年代　掌の上に乗るスマートホン　その他あらゆる機器に内蔵されるようになった
• 2014年には身に付けるウェアラブル　コンピューターのようになり、眼鏡型、腕時計型、指輪型などが出回る　

（２）コンピューターのダウンサイジング（小型化）を牽引してきた半導体・トランジスター・集積回路

• 1947年　　トランジスターの発明（ショックレイ、バーディーン、ブラッテン）
• 　　　　　　1956年ノーベル物理学賞
  • • （注：　トランジスターはもっとも代表的な半導体部品で、電気の流れをコントロールし、小さな信号を何倍にも大きくしたり、信号によって電気を流したり止めたりする）
  　　　　　　トランジスターの発明は　20世紀最大の発明と言ってもよい
• 1958年　　集積回路の発明（ジャック・キルビー）
• 　　　　　　2000年ノーベル物理学賞
• 　　　　　　（注：　トランジスターやダイオードといった半導体部品とそれをつなぐ電子回路を小さな基盤の上にひとまとめにしたものを集積回路（IC)と呼ぶ）
  • 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
    • 　集積回路の発明はある意味トランジスターの発明より重要だった。これによりコンピューターのダウンサイジング（小型化）が可能になった　
  　　　

（３）　ムーアの法則と将来のトランジスター

• ゴードン・ムーア（インテルの設立者の一人で、1928年生まれ）
• 1965年に経験則から、トランジスターの集積度は指数関数的に増大すると予言
  • 10倍／5年、　100倍／10年・・・・

• トランジスターの集積度向上
  • 寸法の微細化（1990年に0.5μｍ　→　2000年70nm →　2010年15nm)

• 2000年からトランジスターの寸法は100nmを切り、ナノテクノロジーの時代に入った

• 将来のトランジスター�@：　シリコンナノワイア　　：直径５nmのナノワイアでトランジスター動作を実証
• 将来のトランジスター�A：　カーボンナノチューブ　：直径1.4nmのナノチューブでトランジスター動作を確認
• 将来のトランジスター�B：　単電子トランジスター　：電子1個で動作する単電子トランジスター

• # コンピューターは10年毎に飛躍的に小さくなってきました。そして、とうとう、たった1個の電子を操るトランジスターの話。アメリカの物理学者ファイマンの予言に近づいて来ています。
• 「身に付けていることを意識しない・充電の必要がない・大容量の通信を瞬時にエネルギーをほとんど使わずに行う」、「国会図書館の全情報が角砂糖一個分の大きさに」、「血管にナノ粒子大の機械を入れて、癌の早期治療をする」など、ナノテクノロジーで作られようとしているのが「量子コンピューター」。
  
  脳の中にコンピューターを組み込んでしまえるようになるのでしょうか。暗記する勉強など必要なくなるのでしょうか。ロボットと身体はどこまでが人間といえるか分からなくなる程一体化するのでしょうか。社会も生活もエネルギーも、果ては兵器まで一変するのでしょうか。「量子コンピューター」は私達に何をもたらすのでしょうか。
  
  ＳＦ映画やアニメの中だけだったような世界や社会が現実になりそうで怖くなった時、物理学者は前向きに、明るい未来を約束して下さいました。

４．　量子コンピューターの可能性

• ドット（点）のような小さな半導体を量子ドットといい、流れる電流によって、電子が1個1個その中に入って行く
• つまり、電子1個1個をコントロールして、電圧の増幅やスイッチにする
• この量子ドットをいくつか組み合わせてコントロールすることで、将来量子コンピューターができあがる

（１）シリコンナノドット不揮発性メモリー

• 「不揮発性」というのは電源を切っても計算結果が消えないということ（つまり記憶能力があるということ）
• これによって、国会図書館の全情報が角砂糖1個の大きさの半導体メモリーに入る

（２）シリコン量子ドット発光素子

• ナノ結晶シリコン量子ドットダイオードから可視光発光が観測された
• シリコンは電気を流すが発光はあまり得意でない、しかし量子ドットになると発光も可能になる！

（３）シリコン超薄膜発光素子

• 量子ナノ薄膜で高効率発光をし、共鳴共振器型シリコンLEDから光増幅を観測した
• 将来、シリコンでレーザーができることの先駆け

（４）シリコンドット太陽電池

• 太陽電池の効率は理論的に30％が限界と言われていたが、量子ドットによって、これを2倍の60％にすることができる
• エネルギー問題が相当解決できる

（５）医療への応用

• 東京大学片岡一則教授はナノ粒子を血管に入れて、癌細胞のところで治療する研究を2000年から始めていて、いくつかの成果が出てきている

10年後にはさらに重要な応用が考えられるだろう

まとめ
１．　コンピューターの歴史はダウンサイジング（小型化）
２．　未来のコンピューターは身に付ける
３．　ナノテクノロジーによって実現
４．　医療、エネルギー分野に応用できる

★　質疑応答
Q1